小笠原忠真の墓は福聚寺 | 武将の墓所巡り(北九州市小倉)

小笠原忠真(おがさわらただざね)
1596年〜1667年
主君:徳川秀忠→家光→家綱

 

小笠原忠真は豊前小倉藩の初代藩主
小笠原秀政の次男ではあるが、
父と兄が大阪夏の陣で戦死したため、
小笠原家の家督を継ぐことになりました。

 

宮本武蔵が一番長い期間、
仕えていたとされている。

 

大名でありながら茶人としても有名で、
小倉地域の茶文化の基盤を築いた
人物の一人とされている。

 

信濃守護・小笠原氏との関係は?

信濃の守護だった小笠原家と
どんな関係かなーと思ったら、
その子孫でした。
信濃守護・小笠原長時
→その三男・小笠原貞慶
→その長男・小笠原秀政
→その次男が小笠原忠真です。

 

墓は福聚寺

寺名:福聚寺(ふくじゅじ)
住所:〒802-0025 福岡県北九州市小倉北区寿山町6−7
創建:1665年

 

 

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