戦国武将

陶晴賢(陶隆房)の辞世の句は?一本気な男の生き様がかっこいい

平安時代から戦国時代初期までの長期間、
西国一の大名として名を馳せた大内氏。

その大内家に家老として仕え、
大内家を思うばかり、
弱き当主である大内義隆を討ち
新しい当主を擁立するなど
大胆な活躍をしたのが陶晴賢(陶隆房)です。

毛利元就が英雄として描かれると、
当主討伐という謀反を起こした陶晴賢は
どうしても悪者となってしまうのですが。
(武田信玄も当主の親父を追放したから
似たようなことしているのに。。)

そんな悪者の陶晴賢、
その実は、非常に才気溢れ男気があり、
自らの命よりも家を重んじる
素晴らしい武将であったとされています。

その陶晴賢が厳島合戦で
毛利元就に敗れた際に残したとされる
辞世の句があります。

 

何を惜しみ
何を恨みん元よりも
この有様の
定まれる身に

(生まれた時からこうなることは決まっていた人生。惜しいことも恨むことも何もない)

 

なんと清々しい。
最後にはこのような気持ちで死にたいものです。

厳島合戦中の毛利元就の名言!チャンスを逃さないようにする言葉

厳島

毛利元就の戦の中で有名な「厳島合戦」

厳島にある宮尾城を攻撃中の陶晴賢(陶隆房)に対して、
毛利軍が奇襲をかけて大勝利をおさめた戦いです。

 

嵐の夜、毛利軍の評定で夜襲をかけるべきかどうかで
論争が起こります。

嵐が強すぎて船で夜襲をかけることは危険すぎるという意見。
逆に嵐だからこそ敵は油断していてチャンスだという意見。

その評定で、夜襲賛成派の毛利元就が名言を残したと言われています。

 

人の一生には3つの坂がある。
一つ目は上り坂。
二つ目は下り坂。
そして三つ目は、、、”まさか”じゃ。
この”まさか”の時の人の動きで、
上り坂に押し上げられるか、下り坂に突き落とされるかが決まる。
今この”まさか”を活かす時じゃ。

 

嵐こそ好機。
”まさか”を逃さずにしたいものです。

 

※厳島神社写真の出典:http://www.miyajima.or.jp/sightseeing/ss_itsukushima.html

百万一心とは?吉田郡山城跡にある毛利元就の名言

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E4%B8%87%E4%B8%80%E5%BF%83

 

中国の覇者、毛利元就は多くの名言を残しています。
その中でも有名な言葉の一つに「百万一心」があります。

 

この写真の石碑(実物ではない)は、
吉田郡山城(安芸高田市)の拡張工事の際に
人柱の代わりに使用されたものといわれています。

 

この石碑をよく見ると「百万一心」が

「一




心」

にも見えますね。

 

これは彫り師さんの怠慢ではありません!

「一日一力一心」=
「日を同じうにし、力を同じうにし、心を同じうにする」

という意味が込められています。

 

毛利元就殿、超コピーセンスがありますね・・・。

 

 

ちなみに「人柱」とは・・・

難工事完成を祈って神にいけにえとして
生きた人を水や土に沈めること。
とあります。
古来、日本各地でみられただけではなく、
世界でもみられる儀式です。

 

 

百万一心の碑はどこに?

この百万一心の碑は
広島県安芸高田市吉田町の元就の墓所内にあります。

住所:広島県安芸高田市吉田町山部257